自分勝手で超ネガティブだった私の自己紹介。

初めまして!管理人のとみまると申します!

人の特徴や悩みを解決する方法を中心に、好きなことをブログに書いています。

タイトルにもありますが、実は私【自分勝手で超ネガティブ】だったんです。

【自分勝手で超ネガティブ】な私が、悩みを解決するような記事を書いていることを、不思議に感じている方もいるかもしれませんね。

「そんなヤツが書いてる解決策って大丈夫なのか!?」と。

 

正直、以前の私なら『人の悩みを解決したい』とか『誰かが幸せになるために』なんて思わなかったです。

昔から文章を書くことは好きでしたが、「ブログを書いて悩んでる人に読んでもらいたい!」なんてことも思わなかったはずです。

 

でも、今、こうやって「誰かのためになる情報を発信しよう!」と思ってブログを書いているのは、今は【自分勝手で超ネガティブ】な自分を卒業できたから!

 

ただ、【自分勝手で超ネガティブ】だったから今のブログを書くことにつながっているので、経験してきてよかったと今では思っています。

ではでは、そんな私の自己紹介をさせていただきますね。

小さい頃の私

赤ちゃんの足

今は身長150cmの小柄な私ですが、生まれた時は約4000gの大きい赤ちゃんで、あまりにも太っていたため、母親から当時の横綱の名前で呼ばれていました(笑)。

絵を描くことが大好きで、絵本の裏表紙に描くのがお気に入りだった私ですが、保育園に行くのが嫌で怒った父親に川に捨てられそうになったこともあるんです・・・。

小さい子供が保育園に行きたがらないっていうのはよくあることですが、私は外に行って誰かと遊ぶ、というのが周りの子よりも苦手な子供でした。

 

暴力先生といじめの小学校時代

落ち込む女性白黒

嫌々通った保育園を卒園し、小学校に入学しました。

この小学校1~2年生の時のことが、私の人生に大きな影響を及ぼすることになるのです・・・。

 

小学校1~2年生の時の担任が暴力をふるう先生で、クラス全員ビンタやゲンコツに怯える日々を送っていたんですね~(今なら大問題ですよね・・・)。

そしてその頃からクラスの女子にいじめのターゲットにされ、物を隠されたり捨てられたりということが頻繁に起こりました。

先生の暴力といじめ・・・これがあれば十分、人は自分の殻に閉じこもってしまいます。

 

私も例に漏れず、先生の暴力といじめを受けて自分の殻に閉じこもりました。

 

家での会話が減った私のことを心配した母が、この時に交換日記を提案してくれて、私と母の交換日記がしばらく続くことになります(この時のことは本当に感謝!)。

 

で、いじめがあっても先生に理不尽にゲンコツを食らっても、学校は休まず行くという気の強さがこの頃からありました。

 

地獄のような低学年を過ごし、中・高学年と進む中でもちょこちょこいじめられることはありましたが、私があまりにも反応しないのでさすがにいじめはなくなっていきました。

 

そんな地味で暗いイメージの私ですが、お節介なところがあり、登校拒否のクラスメイトにお世話を焼いたり、学級委員長に立候補をしてクラスの代表になることもあったんです。

 

お節介を焼いて「みんな私を見て!」という気持ちが強かったのだと、今なら思います。

暗い中学校時代

人がうずくまり悩んでいる写真

無事に小学校を卒業した私は、中学校でもお節介をやき、ここでも登校拒否のクラスメイトに連絡を取ったりしていました。

そして小学校の頃より「みんな、私を見て!」という気持ちが強くなり、生徒会に入ったりちょっとだけ目立つような行動が多くなります。

 

しかし、そんな私の思うようにはいかず、登校拒否のクラスメイトには嫌がられ、クラス替えでは仲良しの友達と離れ、独りぼっちでお弁当を食べることが続きました。

そして中3の時には、卒業文集に載せるというクラスのランキングで『暗い人ランキング1位を獲得』!

一体誰がこんなランキングを作って、誰が投票してくれたんだ・・・

不名誉な称号を与えられ、つまらない中学校に終わりを告げました。

 

「こんな暗くてネガティブな性格になったのは小学校・中学校生活のせいだ!!」と恨みたくなりましたが、高校に進学するとそんな性格が変わっていきます。

 

ちょっと青春だった高校時代

輪になる若者たち

私の進学した高校は、入学する時に英語のテストの成績でクラス分けをするのですが、その英語のテストで高得点を取ってしまい、後から勉強についていけずにしんどい思いをします・・・。

実は、小・中学校とそこそこ成績の良かった私ですが、高校に入ってからは勉強についていけないという挫折を初めて味わったのです。

 

でも、勉強よりも楽しいことがあったから高校3年間を乗り越えられたんです。

 

それは『部活』です!

 

運動が苦手でセンスもない私は、中学時代も吹奏楽部に所属していたので、高校に入っても絶対吹奏楽部に入ろうと決めていました。

朝から夕方遅くまで練習の日々でしたが、部活が私の高校生活の支えになっていたんです。

 

楽しいことがあったので周りの友達とも楽しく過ごせたし、明るく過ごせたというのもあり、高3の時には好きな人もできてちょっと青春な高校生活でした。

 

これからもっと楽しく過ごせる!と思っていた私ですが、福祉系の専門学校へ進み、自分の本当の姿を目の当たりにすることになるのです。

 

感情が不安定な専門学校時代

腕組をする女性

専門学校に進学し、高校3年の後半から付き合っていた彼氏と私は遠距離恋愛になりました。

彼氏と会えることが少なくなり、彼氏との電話では「浮気してるんでしょ!?」と毎回浮気を疑って彼氏をうんざりさせていた記憶があります・・・。

会えないことが寂しくて、かまってもらいたかったのでしょう。

 

しかし、毎回相手に浮気疑われたら誰でも嫌になりますよね。

 

挙句の果てに私は、彼氏との電話で毎回「寂しいんだよ~」と言って泣いていましたから・・・。

 

そんなことがあり、とうとう「なんか暗いし・・・」という理由で彼氏にフラれます(←当然の報い)。

それからというもの、友達の前ではフラれたショックで大泣きし、家でもことあるごとに泣いていました。

また、気に入らないと不満な態度を示して友達をドン引きさせていたのもこの頃です。

 


私は『暗いヤツなんだ』『ダメなヤツなんだ』ということを再認識し、小・中学校の頃の私が蘇ってくるようでした。

 

すぐに辞めたくなっちゃう社会人時代

チェックのカードと✖のカードを持つ人

専門学校卒業後は福祉施設に就職しますが、就職しても素晴らしい同僚に恵まれてもすぐに辞めたくなってしまい、いろんな事業を転々とします。

 

そんな中である時、私はうっかり『ブラック事業所』に就職することになります。ブラック企業であることは後でわかったことですけどね・・・。

その事業所のスペックはこんな感じ↓

  • 定時は9時~18時なのに8時半から19時まで業務がある
  • 定時からはみ出た部分の給料はどんなことがあってもゼロ
  • 数年に1度、休日もタダ働きで出勤し連日夜中の1時とか2時まで仕事する時がある
  • 事務作業は徹夜する
  • 家族で経営している

なかなかのスペックですよね(笑)。

 

こんな中で働いていた時に、私、またいじめに遭います!

 

ある日突然、私だけ職場で一番気の強い女の先輩に無視されるようになり、仕事中も利用者さんの前で理不尽に怒鳴られる、なんとこともありました。

 

(また、あの時の、子供の頃のことが繰り返されてる・・・!)

 

何かつまずくたびに、小・中学校のいじめられて一人で過ごしたことが思い起こされ、暗いネガティブな自分になってしまうのです。

そして、職場のいじめはしばらく続きました。

 

大人になってからのいじめは本当につらかった・・・。

いつも自殺することばかり考えていました。

でもある時、私をいじめていた先輩の仕事が滞り、それを私が(仕方なく)手伝ったことがあるんです。

それを期に、先輩からのいじめはなくなりました。

あんなに悩んでいたのに、意外とあっけなく終了したいじめに拍子抜けです。

 

それからは私の仕事が忙しくなり、仕事に集中する毎日です。

でも、集中すればするほどイライラして口を開けば愚痴しかでなくなり、仲良くしてくれていた同僚も私から距離を取るようになりました。

更に私はイライラがたまり、「なんでみんな、私のこと手伝ってくれないんだよー!自分たちだけ早く帰ってんじゃねー!!」と心の中で叫び続けていました。

助けてもらいたくても、誰かに助けを求めるなんてできなかったんです(仕事を頑張ってしまう人はこれ、結構多いんじゃないでしょうか?)。

 

夜遅くまで仕事をこなす日々でしたが、徐々に吐き気や倦怠感に襲われ、またも命を絶つことばかり考える毎日になり、とうとう立っていられなくなりました。

 

そして上司のすすめもあり、病院へ行き中等度のうつ病と診断されます。

 

私はうつ病になり、しばらく会社には在籍していましたが、「もう無理・・・・」と心も折れて体も動かなくなったので、しばらくしてから退職しました。

 

そして、このうつ病時代に私は、超貧乏生活を体験することになるのです。

 

うつ病時代

薬を飲もうとする女性

うつ病になってからはしばらく傷病手当などで食いつないでいましたが、結局働けないし傷病手当の手続きもできないくらい状態が悪い時があり、収入はほとんどなくなりました。

収入がないので食べるものもなく、クッキー1枚で1日を過ごすこともあった程です。

食べないので体は痩せて、寝ていることしかできないくらい体力も落ちていき、「私はこのままどうなるんだろうか・・・」と考えることもありました。

 

そんなある日、昔からの友人(男性)とたまたま連絡を取っていて、「久々に会おうよ!」ということになりました。

 

私の人生の中で一番やつれていた時に、運よく昔からの友人と再会したわけですが、そんな友人はやつれた私を見て、食料をプレゼントしてくれるという粋な計らいしてくれたのです!

 

やっとまともな食事にありつけた私は、服薬治療やその友人のサポートもあり、うつ病から回復していきました。

 

食事ってめちゃくちゃ大切!

体が元気だと心も元気になるって本当なんだ!

と、その時に食事に大切さを改めて感じました。

そして友人と再会して半年後、私はその友人と結婚することになります(展開早いですけどね)!

 

 

現在のこと

familyの文字

友人が私の夫になってしばらくして、私のうつ病の服薬治療は終了しました。

それから数年たって子供が生まれ、今は夫と子供と3人で暮らしています。

 

で、実は子供が生まれたばかりの時に、家でできるような仕事はないかなとネットで探し物をしていたんですね。

 

その時にあるブロガーさんのブログに出会い、その方にマインドセットを学んだことで今までの考えが180度変わりました!

マインドセットを学んだことで、私はネガティブよりも実はポジティブな考え方をした方が気持ちが楽なことに気づいたんです。

 

私は、子供の頃も大人になってからもいじめられることが多かったし、つまらない人生だなって思うことが多くありました。

でも、そんな風に思っていたのは【自分勝手で超ネガティブ】であることを自分で選んでいたからなんです。

学生時代は不登校の子の面倒を見て、誰かに褒めてもらいたくてお節介を焼いていました。

誰かに「助けてくれ~!」と言えなかったので、気づいて欲しくてかまってちゃんしてました。

ネガティブな方が「暗い顔して大丈夫?」って誰かに声をかけてもらえると思って、ネガティブな自分を選んでました。

 

このように【自分勝手で超ネガティブ】でありながら、私はすべて、誰かからのアクションを待っていた人生だったんです。

 

でも、そうじゃないよと、私が出会ったブロガーさんが教えてくれました。

 

何かをしてもらう人生じゃなくて【与える側の人間になれ】と。

これを知ってからは、残りの人生を与える側の人間になるべく、少しでも自分の経験や知識が悩んでいる人の役に立てればと、ブログを書き始めたわけなんです。

 

もしかしたら、あまりにも偏った私の考えに、「こいつ何言ってんの?」と思うことがあるかもしれません。

 

私は昔から変わった考えをした変わった子供だったので、そのまま変わった大人に成長しましたし、考えが他の人と大きく違うことも良くあります。

でも私は、私のように変わった考えをして不安に思っている人がいたら、そんなの心配しなくていいんだよ!ってこのブログで勇気付けたいと思っています!

誰かの幸せの手助けができるように、お役に立てる情報をブログを通してお伝えしていきますので、これからも読んでくださると幸いです。

 

ありがとうございました!